竹島、武力奪還も止むを得まい

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韓国政府が声明「日本の竹島領有権主張、韓国の努力を無にする行為」
韓国ネット「結局は日本の機嫌を伺っている」「国際裁判所で決着を!」



2015年7月21日、韓国・聯合ニュースによると、2015年版の日本の防衛白書で、竹島
(韓国名:独島)を「わが国固有の領土」と記載したことについて、韓国外交部が
「新しい未来を開いていこうとする韓国の努力を無にする行為だ」と批判する声明を
発表した。



声明は「独島は歴史的、地理的、国際法的に明白な韓国固有の領土」と改めて強調し、
「日本政府が2015年版の日本の防衛白書に、独島に対する荒唐無稽な主張を盛り込ん
だことは、過去の日本帝国主義による朝鮮半島侵奪の歴史を否定する行為」と指摘。
「両国の新しい未来を開いていこうとする韓国の努力を台無しにする行為だ」と強く批判した。




これについて、韓国のネットユーザーは以下のようなコメントを寄せている。




「誰も聞いていない批判をいつまで続ける?(笑)」
「どうして日本はいつも韓国を挑発するの?」
「そう言いながら、韓国政府は独島に施設を建てることもできない。
 結局は日本の機嫌を伺っているんでしょ?」
「日本は戦争の準備を進めているのに、韓国政府は独島に韓国の国旗を
 立てただけで満足している」
「独島にミサイル基地を建設しよう」
「韓国も防衛白書対馬は韓国の土地だと主張しよう。
 そして『悔しければ独島と交換だ』と言ってやればいいんだ」
「緻密な日本には絶対に勝てない。日韓の学生が歴史問題を討論したら、
 韓国は全く歯が立たないだろう」
国際司法裁判所で決着をつければいい」



→ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150721-00000059-rcdc-cn


韓国軍による日本人漁民殺害や日本漁船拿捕1952年1月18日に韓国の李承晩大統領
によって海洋主権宣言に基づく漁船立入禁止線(いわゆる李承晩ライン)がひかれ、
竹島が韓国の支配下にあると一方的に宣言した。
1952年のこの宣言から1965年(昭和40年)の日韓基本条約締結までに、韓国軍は
ライン越境を理由に日本漁船328隻を拿捕し、日本人44人を死傷(死亡者数は不明)
させ、3,929人を抑留した。
韓国側からの海上保安庁巡視船への銃撃等の事件は15件におよび、16隻が攻撃された。




1953年(昭和28年)1月12日、韓国政府が「李承晩ライン」内に出漁した日本漁船の
徹底拿捕して以後、日本漁船の拿捕や銃撃事件が相次ぎ、日本の漁業従事者に死傷者が
多数出る事態となった。
同年2月4日には第一大邦丸事件が発生した。済州島付近で同船の漁労長が韓国側に
銃撃を受け死亡。また日本人漁師の瀬戸重次郎が殺害されている。




同年4月20日には韓国の独島義勇守備隊が、竹島に初めて駐屯。
6月24日、日本の水産高校の船舶が独島義勇軍守備隊に拿捕される。
6月27日に日本の海上保安庁島根県竹島調査を行い、「日本島根県隠岐五箇村
の領土標識を建て、竹島に住み着いていた韓国の漁民6名を退去させた。
すると、7月12日に竹島に上陸していた韓国の獨島守備隊が日本の海上保安庁巡視船
「へくら」(PS-9) に90mの距離から機関銃弾200発を撃ち込む事件が起きる。





以後、韓国は竹島武装化を進め、日本の艦船の接近を認めていない。
日本政府はこの韓国による竹島武装化する動きに抗議しているが、韓国側は「内政干渉
として退けている。




なお当時韓国には拿捕の法的根拠である漁業資源保護法は施行されておらず、日本漁船拿捕
国際法また韓国国内法においても非合法的な行為であった。
この韓国の行為に対して日本の水産庁は「他国の類似事例とは比較にならないほど苛烈」
と評した。




また、韓国李承晩体制下に行われたかかる行為を、1960年駐日米国大使ダグラス・マッカーサー
2世は、国務省への機密電文の中で「国際的な品行や道徳等の基本原理を無視した実力行使の
海賊行為」と表現し、「日本人は李承晩の占領主義的手法で苦しんでいる」と訴えている。



wikipedia:竹島 (島根県)
より抜粋。


軍事力で奪われた領土は、同じく軍事力で奪い返すしかあるまいて。
軍事力を用いずに領土の返還に応じたのは、アメリカ(沖縄)のみ。
歴史的にも、沖縄を返還した米国の例はきわめて稀です。
ほぼ全部が、武力で奪還する例が多いのは言うまでもありません。