中華料理店も日本も要りません

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今週はロシアに出張してきた。3月17〜20日だというのに、モスクワでは絶えず細かい雪が舞っていた。
気温は零下10度だったが、明らかに北京の冬より寒く感じる。到着後空港ビルを出た瞬間、『寒い国
から帰ってきたスパイ』というミステリー小説を思い出した。



わずか2泊3日の、しかも初めてのモスクワだったが、どうしても「チャイナタウン」が見つからなかった。
新しい街での中華街訪問は筆者の密かな楽しみなのだが、何とモスクワにはそもそも「チャイナタウン」
が存在しないのだという。今回は中露関係の現状を考えてみたい。



ロシア人の中国人嫌い



モスクワに到着したその晩、たまたま筆者の高校の同窓会が開かれていた。出席者5人のささやかな送別会
だったが、「会長」格の先輩はモスクワ在住歴30年を超えるという。やはり、持つべきものは優秀な先輩と
後輩だとつくづく思った。

 

その「会長」さんによれば、モスクワは、ヨーロッパで唯一、日本料理屋よりも中華料理屋が少ない街だと
言う。どう数えたかは畏れ多くて聞けなかったが、当地には日本レストランが400軒あるのに対し、中華
レストランはその10分の1程度しかないのだそうだ。

 

最近ロシア国内では中国人排斥運動が増えつつあり、ロシア人には「中国人嫌い」が少なくないとも聞いた。
今もロシア政府は内々中国移民を減らしたり、一地域に中国人が多数住み着かないよう様々な手を打っている
らしい。
なるほど、「チャイナタウン」が見つからないわけだ。

 

この「中国人嫌い」、古くは冷戦時代の中ソ論争にまで遡るらしい。筆者の嫁さんは1970年代前半、この
モスクワで現地の学校に通った経験を持つ。彼女によれば、当時からロシア人たちの対中国人感情はあまり
良くなかったのだそうだ。

 

毎日のようにいじめっ子がやって来ては「おまえは中国人か?」と聞いてくる。彼女が「日本人だ」と答えると、
相手は途端に表情を和らげて優しくしてくれたそうだ。今回の訪問でも、こうした傾向はあまり変わっていない
と聞いた。

 

政治の世界でも反中感情は顕著らしい。2010年11月に就任したモスクワ新市長は、当時市内にいた約1万6800人の
中国移民について、「人数が多すぎる」と市担当局長を叱責したそうだ。

 

2012年8月、ドミトリー・メドベージェフ首相は政府会議の席上、極東地域で「隣国(中国)住民の過剰な拡張が
今も続いている」「残念ながら、極東は確かに辺境であり、ロシア人の定住者も少ない」などと述べている。
どうやらロシア側懸念の根源は人口問題のようだ。



減少する極東ロシア人口
 


極東ロシアは中国と関係が深い。中国企業、中国人の進出も続いている。一方、中国人と現地ロシア住民との摩擦
も広がっているらしい。各種統計によれば、現在ロシア国内に滞在する中国人は100万人程度だが、2050年には1000
万人になるとの予測もある。

 

これに対し、極東ロシア地域の人口は年々減少が続いている。1990年代に800万人以上あった極東の人口は、2000年
に690万人となり、2012年には627万人まで減少した。このままでは極東ロシアでロシア人と中国人の人口が逆転する
のも時間の問題だろう。



中露間の人口差は圧倒的だ。2010年の遼寧黒龍江吉林各省の人口はそれぞれ4400万人、3826万人、2746万人であり、
3省合計では1億1000万人にもなる。そもそも人口600万人程度のロシア極東部は中国東北3省に太刀打ちなどできないのだ。



中国はロシアにとって脅威か
 


それでは、ロシアはこうした中国の存在を「脅威」と考えているのだろうか。どうやら答えは違うようだ。
ロシア人の学者や専門家に尋ねても、「今の中国はチャレンジであっても、脅威ではない」というのが一般的模範解答だった。
この点についての筆者の見立ては次の通りだ。


●現在のロシアに軍事的な意味での「戦略的脅威」は存在しない
●今のロシア外交は「ロシア国内経済の利益を最大化する」手段でしかない
●ロシアにとって戦略的対話の相手国は米国、EU、中国とインドぐらいしかない

 

要するに、戦略的・地政学的に考えた場合、ロシアは日本を戦略的議論のできる相手とは見なしていない、ということに
尽きるだろう。そうだとすれば、ロシアの対日政策は基本的に次のような戦術的利益・判断が優先されるということだ。



●ロシア国内経済の利益を最大化するため、エネルギー資源の供給先と価格を最大化する
●極東ロシアの人口減少は懸念材料だが、いまだ死活的に重要な損失とはなっていない
●中国はロシアにとって実存する「チャレンジ」ではあっても、潜在的「脅威」ではない
プーチン大統領の行動は、天然ガスなどを巡る戦術的、経済的動機に基づくものであり、
●中国を実存する脅威と認識した上での対日政策の「戦略的転換」では決してない


ということだろう。

 

つまり、現在のロシアによる対日アプローチは、日本に対し天然ガスを売り込むためのものであって、北方領土問題に
ついての対日妥協や交渉進展を保証するものでは全くないということだ。言ってしまえば身も蓋もない話なのだが・・・。
それでも、首脳レベルでロシアと対話を続けることは極めて重要だ。
特に、日露首脳同士が、激変しつつある国際情勢を如何に読むかにつき腹を割った意見交換ができれば、それ自体に大きな
意義がある。やはり、対中関係を考えるうえでロシアという存在は小さくないようだ。



→ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37416