ホンネが出たな

競馬


慰安婦どうでもいい。反日が目的」



平成14年12月、元慰安婦に一時金(償い金)を渡すアジア女性基金の運営審議会委員だった
法学者の横田洋三が参考人として出席した参院内閣委員会で、これまで基金を受け取った人数が
各国で合わせて「全体の40%ぐらいで364人だ」と説明したときだった。
基金運動をしている人たちが詰めかけていた傍聴人席から「えっ?」という声が漏れた。
その場にいた基金の元関係者(74)は振り返る。
「反対運動の人たちは『基金をほとんどの慰安婦が受け取っていない』と思っていたのではないか」



日本の市民団体や非政府組織(NGO)などの多くは、国家賠償を求め、反基金の立場だった。
基金立ち上げのときから関わり、基金の専務理事も務めた東大名誉教授の和田春樹は「韓国の元慰安婦
の場合、基金を受け取ったのは最初の7人だけだと長い間、思われてきた。国別の人数の公表を控えて
きたからだ」と話す。

 


国連人権委員会の特別報告者、ラディカ・クマラスワミは10年に公表した報告書の中で、日本の
歴代首相による謝罪や基金の取り組みを「歓迎すべき努力」としている。元慰安婦への国家補償を
求め日本を批判したクマラスワミでさえ、日本の取り組みを認めており、韓国が「日本は何もしていない」
というのは明らかに間違っている。



基金に拒否反応

 

 
韓国での基金の活動は14年9月に終了したが、61人分が支給された。和田はその数を60人としているが、
それは元慰安婦の1人が「受け取っていない」と主張しているためだ。

 


韓国政府や支援団体が基金に拒否反応を見せていたため、一時金を誰が受け取ったか韓国内で知られないように、
慰安婦の親戚などの別名義の口座に振り込むなど、迂(う)回(かい)的な送金も行われていたという。

 


送金の過程でトラブルが起き、「口座を貸した人が持ち逃げしたようだが、その基金を受け取ろうとした元慰安婦
が誰であるかがばれてしまうので事件化はしなかった」(基金の元関係者)こともある。
基金の事業が、韓国でいかに厳しい状況下に置かれていたかを象徴するエピソードだ。

 


14年当時、韓国政府が認定した元慰安婦は207人なので、韓国で一時金を受けとった人の割合は3割足らずと
なるが、元基金関係者は肯定的に評価する。

 


「韓国政府もNGOも一丸となり、基金反対キャンペーンをやっていた。よく60人も受け取ってくれた」
基金は終了したが、元慰安婦への償い事業は続いている。日本政府はいまも元慰安婦に「アジア女性基金フォローアップ」
事業を実施している。年間1500万円超の予算を使い、韓国や台湾、フィリピンなどに住む元慰安婦たちに1人当たり
約2万円程度の医薬品などを日本からスタッフが出向き、直接届けている。




外務省の担当者は「元慰安婦に直接会い、寄り添うことが目的。近況や心身の状態を聞いたり、元慰安婦の個別の悩みや
要望を聞いたりしている。亡くなった元慰安婦の墓参りもしている」と説明した。

 


慰安婦を支援してきた臼杵敬子もこのフォローアップ事業に協力し、年4、5回韓国に渡り、元慰安婦たちを訪問している。
支援を受けている元慰安婦らは「今度いつ来るのか」と臼杵の訪問を心待ちにしているという。
韓国で登録されている元慰安婦のうち、生存者は54人となった。

 

韓国、配分で差別

 

 
韓国大統領、朴槿恵は24日、日韓議員連盟のメンバーと面会した際、韓国メディアが取材した冒頭で「被害者や国民の心を
傷つける(歴史に)逆行する行動」を繰り返さないよう要求した。だが、被害者を傷つけてきたのは反日団体「韓国挺身隊
問題対策協議会」(挺対協)など韓国側だ。アジア女性基金に対抗し、韓国で8年に結成された「市民連帯」が元慰安婦を支援
するために集めた募金も、一時金を受け取った元慰安婦の朴(パク)福(ポク)順(スン)ら7人には配分されなかった。
朴福順は「同じ苦しみを受けたのになぜ差別されるのか」と怒りをあらわにした。

 


ある日本人ジャーナリストはかつて挺対協幹部にインタビューした際、終了後にこの幹部が言い放った言葉を鮮明に覚えている。
慰安婦なんてどうでもいいんだ。反日が目的なんだ」


→ http://www.sankei.com/world/news/141026/wor1410260013-n1.html


51: ストマッククロー(芋):2013/08/15(木) 00:34:12.01 id:im0QrVGvP
まあ単純に民度の問題だよな。
永年、隷属民族としてしか生きてこなかったから、どうにも出来ない支配者に対する
そういう「無為な仕返し」でカタルシス感じる事しか出来なかったんだろう。

現実から目を逸らして、信じたいファンタジーを創作して、かつ、それを
本気で信じ込めちゃう資質とかも、叶わない現実に適応した奴隷民族の
処世術だったんだろうと思う。