世界の公敵認定 中国

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乱発される中国の「核心利益」 
ベトナムの歴史的嫌中感情に点火

 


南シナ海における中国とベトナムの衝突について、中国アジア情勢に詳しい元フランス外交官、チェン・
ヨ・ズン氏から寄せられた分析を紹介する。(SANKEI EXPRESS)




貪欲な巨大国有企業



 
8カ月前、中国は東南アジア諸国連合ASEAN)に対して和平攻勢を仕掛け、とりわけベトナムとは
領土紛争を一時棚上げして経済協力を進める合意がなされたばかりだった。ところが、このような事態に
なったのは、さまざまな背景がある。

 


衝突の直接原因は、中国国有企業による係争海域での一方的石油掘削の強行だった。両国合意に反してまで
強行したのは、国の方針をも左右できる巨大国有企業の貪欲さと力がなせる技であろう。
これを政府が制御できなかったのは、自国を維持するために必要かつ最重要とみなす「核心利益」の乱発がある。

 


「核心利益」の乱発はすでに中国国内でも問題視されている。統一した管理もなく、誰かがある案件を
「国の核心利益」としていったん公言してしまうと政府は事後承認をせざるを得ない。「台湾」「チベット
ウイグル」「尖閣」に続いて、「南シナ海」までもが「核心利益」となった今、中国政府はそれを守る義務
に縛られ、現実的政策を取れなくなってしまっている。



今回の衝突が中国の戦略の一環であれば、それは同じように中国との領土紛争を抱えている日本とフィリピン
ならびにその背後にある米国への警告であろう。とりわけ、アジアに対する安全保障の約束を再確認したばかり
オバマ米大統領に対する示威とも映る。

 


一方、中国とフィリピンとの領土紛争では後者を明確に支持できなかったASEANの浮足立った対応に気を良く
した中国がベトナムとの紛争においてもASEAN各国の分断を図れると計算したであろう。
その意味で、今回はASEANが曲がりなりにも加盟国ベトナムに連帯を示した声明を出せたことはASEAN各国
の「個別撃破」をもくろむ中国を考え直させる効果があった。




人種暴動再燃の悪夢


 

ベトナムの反中暴動は一見すると中国の横暴さに対する反応だが、実はベトナム社会特有の根深い嫌中感情に基
づくものでもある。ベトナムは中国歴代王朝の侵略に抵抗したり、支配されたりしてきた1000年以上もの歴史
があるため、大国に勇敢に立ち向かった民族的誇りとともに、根強い嫌中感情も国民性の一部となっている。




さらに、ベトナムには華僑社会が古くから根ざしており、裕福な華僑に対する現地社会の反感が歴史的嫌中感情に
拍車をかけ、時限爆弾のように社会深部に根付いている。
今回の横暴な振る舞いによって、中国はまさにこの時限爆弾に火をつけてしまったのである。

 


過去の事例をみると、今回の反中暴動は、政府が対応を誤れば、中国系住民に対する人種暴動に発展しかねない。
暴動の被害を受けた工業施設は中国のものに限らず、台湾、シンガポール、香港など、中国ではないが「中華系」
の施設も含まれていることはその表れである。

 


容認していた反中デモを禁止したベトナム政府がもう一つ恐れたのは、この反中デモが反政府運動に向かってしまう
ことだ。皮肉にも一昨年の中国での反日暴動はその良い例である。中国当局が黙認した反日デモがいつの間にか
反政府デモに様変わりしてしまった例をみても、同じく政治言論の自由が制限されている社会主義国家のベトナムでも
「外敵」に対するデモが政府を脅かす政治不安に発展する可能性は大いにある。




そうでなくても、中国とは関係がない日本を含めた外国企業施設までもが暴動で被害を被った事態はベトナム経済
には大打撃にもなる。外国人投資家の不安をいかに鎮めるかが今後の大課題である。
東京の国際会議において、ベトナムの副首相がシンガポールのリー・シェンロン首相にシンガポール企業の被害を
わびたのはその一環である。

 


ウクライナ危機以降、急速に接近した中露の蜜月関係も中越紛争解決に役立つ可能性がある。
社会主義国同士としても中国と対立してきたベトナムは伝統的に旧ソ連と密接な関係を保ってきている。
この関係を継承しつつ、中国とも新たな親密さを深めたロシアが仲介に乗り出せば、ウクライナ危機で関係が悪化
した欧州に代わってアジアへの進出をもくろむプーチン大統領には大きな得点となろう。
(元仏外交官 チェン・ヨ・ズン)

 


チェン・ヨ・ズン 台湾生まれ。ベトナムなどで教育を受け、慶応大大学院修了。
フランスに帰化し、仏外務省入り。日本、米ロサンゼルス、サンフランシスコ、シンガポール、北京などに駐在。
2012年に定年退官。

→ http://sankei.jp.msn.com/world/news/140530/chn14053011400002-n1.htm


ベトナムから撤収する大勢の中国人労働者を
乗せて港を離れる中国船=越南中部ブンアン港(AP)